「会社に戻ってくる途中、道でセミが潰されてた。」
デスクの引出しをひっくり返し、防災グッズを点検しながら神崎が言った。
「それがどうしたん?」
隣の席の菜々美が訪ねる。
「僕たち人間だって、大きな災害がくればあのセミのようにあっけなく死ぬんだ。可能性は確実にあるのに、それに備えない人間は愚かだ。」
「はぁ…。」
神崎の引出しからは、会社支給のヘルメットに加えて防塵マスク、カンパン、手回しで発電するラジオ、予備のメガネ、スニーカー、カイロ、軍手、充電式バッテリー、ラップ、レインコートなどがでてきた。
「ラップとレインコートは何に使うん?」
「ラップは止血に使えるし、食事の時お皿にかぶせれば、断水して食器を洗えなくても大丈夫。レインコートは噴火による火山灰や粉塵を防げる。君も用意しておいた方がいい。もしもの時、僕は君を助けられないよ。」
彼のパソコンに貼られた、やたら横長の付箋には「防災月間」の文字が見える。
変わり者扱いされている神崎だが、言っていることは正しい。菜々美も防災セットを揃えようかと、目の前のパソコンで検索してみた。
「結構高いなあ。欲しかった美容液と同じ値段やん…。あ、12時や。会議行かな。」
菜々美は検索していたウインドウを閉じて席をたつ。しばらくするとディスプレイの暗闇の中でスクリーンセイバーの文字がくるくると回り始めた。
神崎のパソコンに貼られていた付箋は、スケジュールを書き込める「Tag Schedule」です。